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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)6208号 判決 1994年10月14日

原告

黄阿雲

被告

永田一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六四七万〇九七〇円及びこれに対する平成二年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点での出会い頭の衝突事故で夫の運転する車両に同乗し、受傷した被害者から相手方車両運転者に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  事故の発生

(1) 発生日時 平成二年一月一八日午前二時四〇分ころ

(2) 発生場所 大阪市生野区新今里一丁目四番九号先路上(以下「本件交差点」という。)

(3) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(なにわ五五い一一八六、以下「被告車」という。)

(4) 被害者 訴外李国栄(以下「李」という。)運転の普通乗用自動車(なにわ五五め一二四〇、以下「原告車」という。)に同乗していた原告

(5) 事故態様 本件交差点を西から東に直進していた原告車と北から南に直進していた被告車とが衝突したもの

2  被告の責任

本件事故は、被告の過失により発生したものであるから、被告は、民法七〇九条により本件事故による原告の損害について賠償責任を負う。

3  損害の填補

原告は、被告の加入する自賠責保険及び李の加入する自賠責保険からそれぞれ一二〇万円合計二四〇万円の支払を受けた。

二  争点

1  過失相殺

(1) 被告

原告は、夫である李の運転する原告車に同乗中、本件事故に遇つたが、本件事故は、信号機により交通整理のされていない交差点での出会い頭の事故であり、少なくとも原告車に四割の過失があつたから、その割合で過失相殺がなされるべきである。

(2) 原告

原告車の進行した道路に比べ、被告車の進行していた道路が狭く、本件事故後一時停止規制もなされたことを勘案すると、被告の過失が重大であり、また、あくまで、原告車の過失も李の過失であり、別個人の過失であるから相殺される筋合いはない。

2  原告の受傷の有無・程度、相当治療期間

(1) 原告

本件事故により、原告は、頭部外傷第Ⅰ型、腰部挫傷、臀部挫傷、外傷性頸部症候群の傷害を負い、平成二年一月一八日から平成三年一二月九日まで大阪市生野区内のアエバ外科病院での通院治療(実治療日数二五九日)を余儀無くされた。

(2) 被告

原告の受傷については、高々外傷性頸部症候群が認められるだけで、事故後六か月遅くとも九か月後には症状が固定したものである。

3  後遺障害の存否

(1) 原告

本件事故による外傷性頸部症候群のため、症状固定後も原告は、頭痛、頭重感、重い物を持つと手が痺れる等の後遺障害が残存したが、他覚的に項部筋圧痛、緊張、右上腕神経叢圧痛、頸部星状神経節圧痛、椎体圧痛なども認められ、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級一〇号に該当する。

(2) 被告

仮に原告が受傷したとしても、六か月程度で治癒したもので、後遺障害の存在については争う。

4  損害額、とくに以下の点

(1) 休業損害

原告は、平成二年一月一八日から平成三年一二月九日まで二二・八か月家事労働ができなかつたとして、この間の休業損害を主張するが、被告は、休業の必要性は疑問であるが、仮に必要としても相当治療期間が最長で六か月であり、休業の必要性はその内の実治療日数の半分程度である三九日に止まると争う。

(2) 後遺障害による逸失利益

原告は、後遺障害により症状固定後二年間五パーセント労働能力を喪失したとして逸失利益を主張するが、被告はこれを争う。

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  証拠(乙一、二、証人李、被告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件交差点は、アスフアルト舗装された平坦な東西にのびる片側各一車線(幅員七メートル)で南側に歩道が設置された道路(以下「東西道路」という。)と南北にのびる幅員四・七メートル(本件交差点北側)ないし七メートル(本件交差点南側)の道路(以下「南北道路」という。)とが交差する信号機により交通整理のなされていない市街地の交差点であり、街路灯も設置されて、明るく、本件事故当時路面は乾燥していた。

東西道路の北側には平行して近鉄線の高架がのび、南北道路は高架の下を潜る形で本件交差点に交差し、南進車両、西進車両の相互の見通しは悪かつた。速度規制は、東西道路が時速三〇キロメートル、南北道路が時速二〇キロメートルであり、本件交差点南側は南行の一方通行となつていた。なお、一時停止規制はなかつた。

本件交差点北西角の東西道路の西行車線北側付近に駐車車両があつた。

(2) 被告運転の被告車が、南北道路を南進し、時速一〇ないし二〇キロメートルで本件交差点に進入しようとしたところ、前記駐車車両の側方を進行してきた原告車を発見し、急ブレーキをかけたが、及ばず被告車の右前角付近と原告車の左フエンダー部が接触した。

(3) 李運転の原告車は、東西道路を時速約四〇キロメートルで西進し、本件交差点手前で、左方向から進行してくる被告車の前照灯に気付き、時速二〇ないし三〇キロメートルに減速しただけで、被告車は本件交差点手前で停止すると思い込んでそのまま進行したところ、被告車が本件交差点に進入してきたのを直前に発見し急ブレーキをかけるとともに右ハンドルを切つたが及ばず前記のとおり接触した。

(4) 接触後、被告車は、ほぼその場で停止し、原告車は三ないし四メートル進行して停止した。本件交差点には原告車右前輪による二・六メートルのスリツプ痕が残存した。

被告車に右前角バンパー擦過痕、右前照灯角のガラス破損、原告車に左前フエンダー凹損の各損傷が残存した。

以上の事実が認められる。なお、被告は、原告車の速度について時速四〇ないし五〇キロメートルである旨供述するが、前記損傷の程度、衝突状況、スリツプ痕等に照らし、採用できない。

2  右の本件交差点の交差道路の幅員、速度規制等の道路状況、事故態様等に照らすと、被告、李ともに交差道路を進行してくる車両についての動静注視義務違反が認められ、双方の過失割合は被告六五パーセント、李三五パーセントと認めるのが相当であり、李が原告と身分上、生活関係上一体をなすとみられる夫であるから同人の過失は被害者側の過失として斟酌できることになる。

二  原告の受傷の有無・程度、相当治療期間

1  証拠(甲三、四、乙五、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故により、シートベルトを着用していたが、左側頭部を打撲し、本件事故当日、アエバ外科病院で受診し、頭部外傷第Ⅰ型、外傷性頸部症候群、腰部挫傷、臀部挫傷と診断され、同日から同年七月二八日まで通院し、一時中断後平成三年一月二四日から同年一二月九日まで通院治療(実治療日数二五九日)したが、その間、頸項部痛、背部重圧感、頭重感、右肩痛、項部つつぱり感、左手しびれ、吐気、めまいの症状を訴え、薬物、理学療法による治療がなされた。

なお、初診時には、右傍脊柱筋圧痛、右三角筋圧痛、右大後頭神経圧痛の症状が認められたが、レントゲン検査では異常なく、ジヤクソンテスト・スパーリングテストでも異常はなく、他に他覚的所見は認められなかつた。

原告は症状に変化がなかつたため一時通院を中断したが、冬になつて症状がきつくなつたので再通院した。

(2) 原告は、同病院で平成三年一二月九日症伏が固定したと診断されたが、同年一二月一〇日付後遺障害診断書には、前記自覚症状に、眼がボーとするとの症状が加えられ、他覚的所見として「右胸鎖乳突筋圧痛、頸椎椎体圧痛(右第三ないし第七頸椎、左第五ないし第七頸椎)、右上腕神経叢圧痛、項部筋緊張圧痛、右頸部星状神経節圧痛、頸椎運動痛、握力が右一二・五キログラム、左一六キログラム、頸椎レントゲン検査にて外傷性所見なし」との記載がなされている。

以上の事実が認められる。

2  右の原告の症状、通院状況等によると、平成二年七月二八日には症状が固定したものと認めるのが相当である。

三  後遺障害の存否

前記認定によれば、平成二年七月二八日症状固定後も、同様の症状が続いたものであり、神経学的所見には乏しいものの、握力の低下、いくつかの部位の筋緊張・圧痛も認められ、前記自覚症状には他覚的所見も存する外傷性頸部症候群による神経症状が残存したというべきであり、右後遺障害は一四級一〇号に該当すると認めるのが相当である。

四  損害額(各費目の括弧内は原告主張額)

1  治療費(一二万二八三〇円) 一二万二八三〇円

本件事故によるアエバ病院の治療費として一二万二八三〇円を要したことは当事者間に争いがない。

2  診断書料(七〇〇〇円) 〇円

乙三によれば、文書料として一万一〇〇〇円を要したことが認められるところ、前記治療費は、これを包含しているものであり、他に文書料を要したと認めるに足りる証拠はない。

3  通院交通費(八万二八八〇円) 二万四九六〇円

前記認定のとおり症状が固定したのが平成二年七月二八日であるところ、甲三、弁論の全趣旨によれば、その間の通院日数は七八日であり、通院に市バスを利用し、一往復三二〇円であつたことが認められるから、通院交通費は、二万四九六〇円となる。

4  休業損害(五二九万三九七〇円) 八〇万五三四七円

前記認定事実に、証拠(証人李、原告本人)を総合すれば、原告は本件事故当時、四三歳(一九四六年一二月四日生)の健康な女性で、夫と小学生二人の四人家族の家庭の主婦として家事に従事していたこと、本件事故により通院治療を余儀無くされ、通院治療中もある程度家事をしていたが、支障を来していたこと、しかし、家政婦を雇うまでのことはなかつたことが認められ、右事実によれば症状固定まで一九二日間、平均して五〇パーセント労働能力に制限があつたと認めるのが相当であるところ、その休業損害を算定するにあたり、平成二年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計女子労働者四〇ないし四四歳の平均給与である年三〇六万二〇〇〇円を基礎とするのが相当であるから、休業損害は八〇万五三四七円となる。

3,062,000÷365×192×0.5=805,347

(少数点以下切捨て、以下同じ)

5  入通院慰謝料(一七七万円) 七〇万円

前記原告の受傷部位、程度、通院期間、実通院日数等の諸般の事情によれば、その慰謝料として七〇万円が相当である。

6  後遺障害による逸失利益(二五万九三二〇円) 六六万八一二八円

平成二年七月二八日に症状が固定したものの、頭痛、頭重感等の外傷性頸部症候群による神経症状が残存し、家事に支障を来していることは前記認定のとおりであり、これによれば、原告は症状固定時から五年にわたり、その労働能力を五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。これに前記平均給与額を基礎としてホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、六六万八一二八円となる。

3,062,000×0.05×4.364=668,128

7  後遺障害慰謝料(七五万円) 七五万円

前記認定の後遺障害の程度、原告の生活状況等の諸事情に照らすと、その慰謝料としては七五万円が相当である。

8  小計

以上によると、原告の総損害(弁護士費用を除く。)は、三〇七万一二六五円となる。そこで、前記過失相殺により三五パーセント控除すると一九九万六三二二円に止まり、自賠責保険からの支払分二四〇万円ですでに填補されていることになる。

五  まとめ

以上によると、原告の本訴請求は、理由がないことになる。

(裁判官 高野裕)

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